阪神大震災 その1

日記

さぁ、何から書こうか。

どこにでもある話だが、当時私は離婚して一年目。ただ何となく生きていた。一年経っても離婚の傷はいえず、空虚な日々を送っていた。

私の離婚もあって、神戸から加古川に引っ越しをして、これも一年目。会社は転職して2年目、37歳の冬だった。

いつものように家の二階d寝ていると、突然轟音とともに大きな揺れ。あまり恐怖神は無かったが、これで俺も死ぬんだなと思うような、経験したことのない大地震。

一分ほど続いて収まったが、親父もお袋も起きていて、家の中をチェックしたが、その時には何も無いように見えた。

朝食を済ませ、出社するために、山陽電車の浜の宮駅に行った。すると電車は全面停止。駅員に聞くと、線路にビルが倒れて来たとのこと。それ以外の連絡は無いらしい。

一旦家に戻り、ニュースを見たが、大地震が神戸で起こって大変な状況になっている様だが、この時点では詳細は不明。

取り敢えず近所に住んでいる上司のもとに車を走らせ、その上司を乗せて神出にある倉庫へと向かった。

倉庫では1ケース、よその会社の水のボトルが転落しただけで、他には異常は無かった。しかし本社に電話を入れるも通じない。

上司と話をしながら、地震が起こって電話がパンク状態になったのだろうとたかをくくっていた。

しかし気になるので、二人で本社へと向かう。

神出から長田の本社へ向かったが、 丸山迄は別に何も感じさせないような状態だった。

しかし丸山から長田へ向かううちに倒壊した家、倒れた信号、幾筋も上がる黒煙ただ事ではない事は容易に想像できた。

長田神社を抜けて本社へ向かうが、倒壊した家は益々増えて、西代の体育館の前の道路は陥没していた。

障害物を避けながら本社へ車を走らせると、本社ビルはあちこちが崩落して危険な状況だった。それより驚いたのが周囲が燃えている事だった。

私は上司を車に残して、壊れた窓から事務所に入り込み、オフコンのデータ当時はテープだったが、かき集めて車に戻った。

何しろ当時はユーノスロードスターに乗っていたので、飛び散る火の粉に危険を感じ、取り敢えずその日は大急ぎで家に戻った。

家に戻ってニュースをつけると、高速道路は倒れ、会社の周囲は炎上。倒壊した家も多数、死亡者も多数出ている事は分かった。

会社や同僚に電話を入れるも繋がらない。倒壊した本社ビルを思い出し、これで会社は倒産するかも知れないと思った。

そして夕方になり、同僚の女の子一人だけ連絡がつき、明日私が彼女を迎えに行き、取り敢えず近所に住んでいる同僚や、得意先の安否確認をしようと言うことになった。

続く

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